授乳期乳房管理における問題点
 
須貝優子、阿部正代、長瀬慈村
乳腺クリニック長瀬外科

はじめに》
 乳腺疾患を専門とする当院では、授乳期の乳腺にトラブルが生じて受診する患者も多い。
 授乳期乳腺におけるトラブルとは主に乳汁うっ滞症、乳腺炎、膿瘍であるが、
 その治療法は確立されたものがないのが現状である。
 さらに、授乳期の乳房管理においては、誰が専門家なのか不明確であり、その方法も確立されておらず、
 母親に対する指導もほとんどなされていないことなど、問題点が多い。
 今回、当院の授乳期乳腺疾患患者の治療経験から、授乳期の乳房管理について検討し考察を加えた。
《対象》
 対象は7月より1年間に授乳期乳腺にトラブルを生じ受診した患者61名で、内訳は膿瘍形成性乳腺炎7名、
 化膿性乳腺炎1名、無菌性乳腺炎9名、乳汁うっ滞症44名である。(表123
《治療方針》
 当院の治療方針は基本的に以下のとおりとしている。
  1. 乳汁うっ滞症
     マッサージのみ、もしくは乳管拡張術とマッサージ。自己管理法を指導し、授乳は継続する(図1)。
  2. 無菌性乳腺炎
     乳汁うっ滞症に同じ。炎症が強い場合は、消炎鎮痛剤を数日間投与している。
    乳頭直下の炎症(浮腫)が強いときは、乳管拡張術ののちテフロン針を挿入しマッサージを施行、
    うっ滞乳汁のドレナージをはかる。
  3. 化膿性乳腺炎
     さらに炎症が強く、皮下および乳管周囲の浮腫著明で細菌感染が疑われる場合では、
    抗生物質および消炎鎮痛剤の投与を数日間、一時的(極力短期間)に授乳を中止する。
  4. 膿瘍形成性乳腺炎
     超音波ガイド下にて穿刺吸引・排膿、十分な生理食塩水洗浄後、抗生物質を注入。
  5. 膿瘍がMRSA感染あるいは疑われる場合
     超音波ガイド下にて穿刺吸引・排膿し、洗浄後イソジン原液の注入・排液を連日繰り返す。

《検討内容、結果》
 授乳状況、治療内容、経過について検討を加え、以下のような結果が判明した。
  1. 授乳期乳腺のトラブル患者の多くは初産であった。(全体の62%)
  2. 膿瘍形成性乳腺炎では、膿培養にてsta.aureusが7名中5名より検出され、うち2名はMRSA感染であった。
  3. 当院受診まで抗生物質投与を受けていた患者はいずれも完治せず、
    むしろ乳汁うっ滞や乳腺炎が長期化し悪化していた。
  4. 解剖学的マッサージや乳管口拡張術のみで乳汁うっ滞症44名、化膿性乳腺炎1名、無菌性乳腺炎 5名が完治した。
    他の11名では抗生物質投与、超音波ガイド下穿刺・排膿などの処置を要した。


《事例紹介》
 参考となる症例を提示する。
<事例1>
Oさん 35歳
児年齢:3ヵ月 第1子
・当院受診後の経過
 7月1日、前夜よりの左乳房痛と同部位のしこりを訴え、受診する。診察にて左1時方向乳管の不完全閉塞を認め、
 乳管の不完全閉塞による乳汁うっ滞症と診断し、涙管ブジーによる乳管拡張術と乳房マッサージを行う。
 同処置により乳管の閉塞と乳汁うっ滞は改善された。Oさんに授乳後の乳房マッサージ法(解剖学的マッサージ法)
 を指導する。
 7月2日、前日と同症状にて再受診する。
 乳腺超音波検査にて左乳腺の乳管閉塞が認められ、再度乳管拡張術、乳房マッサージを行う。
 乳房マッサージ時、乳汁といっしょに乳石ともいうべき1@大のミルクの塊が圧出され、
 これが乳管を閉塞していた原因と考えられた。
 1ヵ月後、左同部位の乳汁うっ滞、乳頭開口部皮部の白変にて再受診したが、同様処置にて改善され授乳継続、
 以後トラブルなく経過した。
<事例2>
Aさん 28歳
児年齢:1ヵ月児 第1子
・当院受診までの経過
 6月中旬より右乳房痛にて、産婦人科を受診し、抗生物質、鎮痛剤の内服治療と乳房の冷却を1ヵ月間行っていた。
 母乳栄養を希望していたが、トラブルにより母乳栄養をあきらめ、人工栄養に変更する。
・当院受診後の経過
 8月2日、右乳房痛、右乳房のしこりを訴え、受診する。診察にて右乳頭陥凹、右乳房内側領域に硬結を認める。
 超音波検査上、硬結部位に大きさ42×41×21@の乳瘤を認め、超音波がイド下穿刺吸引を施行する。
 乳瘤の消失により乳頭の陥凹は改善されたため、母乳栄養も可能であることを説明する。
 Aさんも母乳栄養を希望したため、授乳前に吸引器(ディスポーザブル注射器20mlを0mlの目盛りの部位で
 切断したもの)を使用して乳頭を吸引し、突出させてから授乳するよう指導する。
 また、授乳後の解剖学的マッサージ法についても指導を行った。
 8月6日、授乳状態は良好であるが同部位に硬結があると再受診、超音波検査にて乳瘤を認めるが、
 授乳に問題ない大きさであったためマッサージのみ施行した。その後はトラブルなく授乳を継続している。
<事例3>
Sさん 26歳
児年齢:1ヵ月児 第1子
・当院受診までの経過
 出産後より左乳房の乳汁うっ滞を繰り返し、助産院にて乳房マッサージを受けていた。
・当院受診後の経過
 8月2日、前日より左乳房頭側領域の痛みとしこりを訴え、受診する。
 診察、乳腺超音波検査にて同部位の乳汁うっ滞を認め、ブジーイング施行後乳房マッサージを行なった。
 乳房の硬結やや残っているものの、乳汁分泌は良好であるため経過観察とし、2〜3日後に再受診するよう説明する。
 8月6日、診察にて左乳房内側領域の乳汁うっ滞を認める。Sさんとの会話から、 
 7月31日に小児科を受診し舌小帯の処置を受けていたことがわかり、乳汁うっ滞の原因は児の舌小帯の問題で
 あったと思われた。児の哺乳力を考慮し、授乳中にときおり迫搾するよう母親に説明、授乳後の乳房マッサージ法の
 指導を行った。その後は、トラブルなく経過している。
《考察》
 授乳期乳房に生ずるトラブルの多くは、乳汁うっ滞症→無菌性乳腺炎→化膿性乳腺炎→膿瘍形成といった経過を
 経ている。症状が進むほど悪化し、治療が長期化する。
 その原因の1つとして、事例1のように乳汁うっ滞の状態が長く続くことで、乳管内の乳汁が乳石ともいうべき塊と なり、乳管を閉塞してしまうことがあげられる。授乳後の乳房管理指導を徹底することで、
 このようなトラブルは回避することが可能である。トラブルを起こした場合でも、
 乳汁うっ滞症や無菌性乳腺炎の段階で治療することが望ましい。
 一般的に治療として抗生物質投与や切開排膿の処置が行われているが、当院では乳房マッサージ、
 乳管口拡張術を中心に治療を施している。しかし、すべての患者に乳房マッサージが適しているわけではない。
 たとえば、炎症が強く乳管周囲の浮腫が著明な場合は、かえって悪化させてしまうことがある。
 また、症例2のように乳房の硬結がマッサージでは改善されない乳瘤で、乳頭近くに存在するため
 授乳を障害していることもある。症例3の場合、児の舌小帯に問題があり、乳汁うっ滞を起こしている例もあり、
 乳汁うっ滞を繰り返し起こしている場合は、授乳後の乳房管理の問題だけでなく、
 児の舌小帯の確認をすることも大切である。
 したがって、受診時の乳房の状態を正確に把握するため、情報収集、診察、超音波検査による
 膿瘍形成・乳汁うっ滞や浮腫の確認を行い、判断をすることが必要不可欠である。
 また、まれに授乳期に乳がんが発見されることもあり、高齢出産者の場合はとくに、
 注意深く超音波検査を施行することが必要である。
 授乳期の乳房管理は、乳腺診療において盲点となってしまっているのが現状である。
 これを解決するためには、乳腺専門医による適切な乳房管理法の確立と医療従事者への指導、
 助産婦・看護婦による乳房管理法の実践と母親に対する出産前後の指導の徹底、
 保健婦による母親学級・育児相談での指導を行うことなどが考えられる。
 また、それら以外に今後期待される助産婦、保健婦、看護婦の役割として、
 閉塞乳管に対する乳管口の拡張や乳腺超音波検査のスクリーニングがあげられる。
 授乳期の乳腺疾患に対する、穿刺吸引洗浄術や切開排膿術については医師の技術に頼るところであるが、
 閉塞乳管に対する乳管口の拡張については、技術を要する処置ではあるものの、
 経験を重ねることで修得できる技術と考える。
 超音波検査においては、現在では看護婦のスクリーニングが認められており、
 一定の条件をみたし社団法人日本超音波医学会が主催する認定試験に合格すると、
 認定超音波検査士の資格を取得することも可能であり、当院でも努力をしている最中である。

《おわりに》
 乳汁うっ滞症および授乳期乳腺炎の治療においては、抗生物質の投与のみではむしろ悪化する傾向にあり、
 解剖学的マッサージ法、乳管口拡張術が重要である。
 また、その予防には授乳期乳房の自己管理が大切であり、妊産婦や授乳期の母親に対する教育・指導が必要である。



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